尺八

尺八

虚無僧尺八・古典本曲・地なし尺八

日本の伝統楽器として広く知られている尺八ですが、実は元々の江戸時代から続くものと、明治になって西洋化されたものとの二種類があります。

現在主流となっている尺八は、明治以降の西洋化された尺八です。明治以降の尺八は、竹の中を漆と砥粉を使って平らにします。これを「地を入れる」と言い、そのため「地あり尺八」と呼ばれます。地を入れることで、西洋音階に調律でき、中の凹凸も無くなるので音量も大きくなり、音程もとりやすくなります。

江戸時代から続く尺八は、この「地」を入れません。そのため「地なし尺八」と呼ばれています。竹の中の節が残ったままなので、吹き手は竹ごとに異なる形に合わせて吹き方を変えなくてはなりません。そのため演奏が難しくなり、耳が良くないと音程を取ることも難しくなりますし、人が竹に慣れるのにも時間がかかりますし、竹の鳴りが良くなるのにも時間がかかります。その代わり、自然の竹そのままの、個性のある音を楽しむことができますし、そういう意味では難しい竹ほどやりがいがあります。それに音が優しいです。

地なし尺八は地あり尺八と比べて楽器として未熟である、と言われます。明治以降に三曲(三味線と琴との合奏)などをやるようになったこともあり、地なしを吹く人はどんどん少なくなり、今ではほとんど地なしを吹く人がいなくなってしまいました。

しかし本来尺八とは、虚無僧という禅の僧侶が悟りを求めて吹いていた法具でした。その中で虚無僧たちが吹いていた曲が、古典本曲として現在にまで伝えられています。もちろん当時の虚無僧たちは、地なし尺八を吹いていました。

自然の竹なので、高音が安定しない竹というのはよくあります。現代の楽器になった地あり尺八では、そういう竹は楽器としての基準を満たさないので、ダメな竹とされてしまいます。しかし地なしの考え方だと、そもそもその竹で音を出す面白さが第一だったりするので、別に高音が出にくくてもダメな竹とは考えません。

地なしは楽器として未熟、という価値判断は、西洋音楽的観点からの価値判断にすぎません。そもそもの尺八の成り立ちを考えれば、竹を人工的に楽器に作り変えるのではなく、自然の竹に合わせることで初めて音が出る地なしにこそ、尺八の本質があるように思えてなりません。

だからと言って、地ありを否定するつもりもありません。他の楽器と合奏するのであれば、間違いなく地ありのほうがいいし、単純に地ありの音のほうが好きだという人もいるだろうし、それはその人の自由でいいと思います。

ただ、地なしのことを「昔の楽器」と切り捨てず、きちんとその価値を認めて欲しいと思っています。地なしが持っている「価値観」は今の時代にこそ必要なものな気がします。他にも江戸時代の庶民の価値観には学ぶことが多く、そのあたりを現代に甦らせたいというのは切腹ピストルズの想いでもあります。

「虚空」

「別伝 鹿の遠音」

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